今世紀の企業法務

備忘録と思考実験

吸収合併消滅会社の決算

解散と権利義務の承継

吸収合併によって消滅する株式会社(以下「消滅会社」という。)は、吸収合併によって解散する(会社法471条4号)。
株式会社が解散した場合は清算手続を行うのが原則であるが、合併によって解散した場合は清算は不要である(会社法475条1号括弧書き)。
すなわち、消滅会社は、吸収合併の効力発生日(以下「合併日」という。)に解散し、それと同時に、清算手続を経ることなく、直ちに法人格が消滅する。

なお、消滅会社の権利義務は、合併日に、吸収合併存続会社(以下「存続会社」という。)に承継される(会社法750条1項)。

 

解散事業年度の決算

消滅会社が吸収合併により解散したときは、合併日の前日までの期間が事業年度とみなされる(法人税法14条2号。この事業年度は「解散事業年度」と呼ばれている。)。そのため、合併日から2か月以内に、消滅会社の解散事業年度に係る確定申告と納税が行われなければならない(法人税法74条、77条)。

この確定申告と納税を行わなければならないのは誰かといえば、存続会社だと考えられる。

消滅会社は、合併日に解散により消滅しているため、解散事業年度に係る確定申告や納税も行うことができない。上述のとおり、消滅会社の権利義務は存続会社が承継する(会社法750条1項)ので、解散事業年度に係る確定申告・納税の義務も、存続会社が承継するものと考えらえる。

そのため、承継会社が、合併日から2か月以内に、消滅会社の解散事業年度に係る確定申告と納税を行わなければならない、ということになる。

 

解散事業年度の決算の確定

ところで、確定申告は、「確定した決算に基づき」行われなければならない(法人税法74条)。
ここにいう「確定した決算」とは、当該法人において決算を承認する権限を有する機関によって承認された決算を意味し、株式会社の場合は株主総会(大会社の場合は取締役会)で承認された決算のことをいうとされている。
したがって、消滅会社の解散事業年度の確定申告・納税を行う前提として、消滅会社の解散事業年度の決算が作成され、承認されなければならない、ということになる。

この解散事業年度の決算の作成・承認をしなければならないのは誰かといれば、これも、存続会社であると考えられる。

上述のとおり、消滅会社は合併日に解散し、直ちに消滅しているため、当然のことながら、取締役会も、株主総会も、株主もすでに存在しないし、そもそも法人格もない。そのため、消滅会社は、消滅会社の解散事業年度の決算を作成することも、承認することもできない(そのような主体とはなり得ない。)。

消滅会社の解散事業年度の決算の作成・確定は、会社法上は特に存続会社の義務として明記されているわけではないが、上述のとおり、消滅会社の解散事業年度に係る確定申告・納税を行う前提として必要となる行為であるため、確定申告・納税の義務に付随する行為として、存続会社がこれを行う義務があると考えられる(理屈上は、解散事業年度の決算を作成し確定する義務が、抽象的にではあるが、合併前の消滅会社にあり、この義務を存続会社が承継した、と考えることもできそうである。また、実際問題として、存続会社以外にこれを行うべきといえそうな者がいない。)。

 

存続会社における消滅会社の解散事業年度の決算の確定方法

それでは、存続会社において、消滅会社の解散事業年度の決算をどのように確定すべきか。
存続会社において消滅会社の解散事業年度の決算を承認する手続や承認する権限のある機関などについて、会社法上明確な規定はない。

考え得る手続・機関としては、1. 株主総会における承認決議、2. 取締役会における承認決議、3. 代表取締役(又は業務執行担当取締役)による承認、があり得る。

しかしながら、取締役会設置会社の場合は、株主総会は、会社法に規定する事項及び定款で定めた事項に限って決議をすることができる(295条2項)。消滅会社の解散事業年度の決算の承認については、会社法には規定されておらず、また、定款でこれを株主総会決議事項としている会社も通常はないであろうから、取締役会設置会社の場合は、消滅会社の解散事業年度の決算の承認について株主総会で決議することはできない、ということになると考えられる。
そうすると、取締役会設置会社においては、2. 取締役会で承認決議をするか、3. 代表取締役(又は業務執行担当取締役)が業務執行の一環としてこれを承認するか、のいずれかになると考えられる。

いずれになるかは、取締役会と代表取締役・業務執行担当取締役の権限の振り分けに関する一般論に従って考えるべきものと思われる。
消滅会社の規模や申告に伴う納税額等がある程度大きいものであれば、「重要な業務執行の決定」(会社法362条4項)に該当するものとして、取締役会で承認を決議すべきことになる。
他方で、消滅会社の規模や申告に伴う納税額等がそこまで大きいものでないときは、業務執行(会社法363条)の一環として、代表取締役や業務執行担当取締役の権限において承認してもよいと考えられる。
いずれか判断がつきかねるならば、取締役会において承認を決議しておく方が安心と考えられる。

なお、取締役会非設置会社であれば、株主総会は、会社法に規定する事項及び株式会社の組織、運営、管理その他株式会社に関する一切の事項について決議をすることができる(295条1項)ので、消滅会社の解散事業年度の決算の承認もここに含まれ、株主総会において承認決議をすることができると考えられる。もっとも、株主総会で決議しなければならないわけではなく、取締役会設置会社の場合と同様に、取締役会若しくは代表取締役又は業務執行担当取締役による承認も可能と思われる。判断に迷う場合は、安全を期するという意味で、株主総会による承認が容易にできるのであればそれが一番よさそうである。

 

計算書類の公告

消滅会社の計算書類の公告義務も、存続会社が承継することになるはずである。
ただし、計算書類の公告は「定時株主総会終結後遅滞なく」行うこととなっており(会社法440条1項)、定時株主総会終結しない限り計算書類の公告義務も生じない。したがって、存続会社が公告義務を承継するのは、定時株主総会終結から計算書類の公告までの間に合併の効力が生じた場合のみであると考えられる。
(「定時株主総会終結後遅滞なく」とは「決算の確定後遅滞なく」という意味であるという解釈も成り立ち得なくはないようにも思われるが、明文に反するので、一応100万円以下の過料に処され得る根拠となる条文の解釈としては相当ではないと思われる。)

なお、消滅会社が電子公告による決算公告を行っていた場合は、定時株主総会終結から5年間計算書類の公告を継続する義務があるため(会社法440条3項、940条1項2号)、5年を経過していなければ、存続会社が引き続き公告を継続する義務を承継すると考えられる。

また、存続会社が承継する可能性があるのは、解散事業年度より前の事業年度の計算書類の公告義務のみであり、存続会社が消滅会社の解散事業年度の計算書類を公告する義務を負うことはないと考えらえる。上述のとおり、計算書類の公告は「定時株主総会終結後遅滞なく」行うこととなっている(会社法440条1項)ところ、合併により解散する場合は、解散事業年度の計算書類が定時株主総会で承認・報告が行われる余地は無い(存続会社の定時株主総会で承認・報告を行うべきという解釈は成り立たないと思われる。)ので、これについて公告義務が生じる余地もないと考えられるからである。